松の伐採中止!庭に植えてある松の存在価値について

最近、全国的に庭に植えられている木の種類で、松の木を植えているお宅が減ってきているように思えます。

洋風思考の庭が増えてきていることも、ひとつの理由としてあると思います。洋風の変わっている木ばかりにどんどん目移りして、松に興味がなくなっている人が多くなっているこもあると思います。

気にいった木があればどんどん購入して庭に植えてみる・・・
変わった木や花木などあればすぐに飛びつき、安さにつられて購入する・・・
どんなに大きくなろうとも・・・
どんなに枯れようとも・・・

そんなお宅ばかりが目につきますが、ここでは庭に植えてある松の存在価値についてお伝えします。

生活スタイルの変化で松が少なくなっている

昔であればご主人の風格を表す象徴とされるように偉大な松が代々伝えられ、今でも庭に植えられているお宅が多いです。

先日東京に用事があり皇居を訪れましたが、日本の象徴である天皇陛下が住んでらっしゃる皇居の庭にはあたり一面にギッシリと松が植えられてありました。モミジとかそういうショボい木ではありません。やはり松は日本の象徴の木なのです。

逆に、日本の経済状況や生活スタイルが昔とは異なってきているために、むしろ松の存在が厄介とされる風潮もあります。

それでも、代々伝わる松だから切り倒すこともできない・・・と、嘆きながらも、職人さんに頼む方も少なくはないです。

人それぞれ、生活スタイルの変化や趣味趣向が日々変わってきていることから、松に手をかけられないというお宅も増えてきているということも事実です。

このことは、現在の日本では全国どこでも同じような傾向にあるように感じます。

剪定を頼むとけっこうなお金もかかります。管理にも時間がかかり大変なので毛嫌いされるのでしょう。それでもご自身では手をかけられないことから、松の手入れを頼んでくれるお宅は多くあります。

なぜなら、松はそれだけ特殊な剪定方法だと思われている木なので、とてもじゃないけど管理できないと思ってのことなのでしょう。古い松になると樹高が高くなるものが多く、落ちてしまったら命を落とすことになりかねませんからね。

松をスッキリさせたい!でもそれはやってはいけません

最近の松は大きなストレスを抱えています。

時には、松は語ってくれますが、お客様の要望で無茶なことをしないといけない場合もあります。

スッキリしたい・・・と。

松が暴れているのであれば、太い枝を一気に切ってしまうと木に負担をかけるので、当然ですが樹勢が劣り枯れやすくなります。それが最小限に枝だけが枯れたのであれば、枯れた部分の枝だけ切ればよいのですが、松の木全体が枯れて、根元から伐採しなくてはいけなくなることもあります。

だから本来、松の木は最小限の切り傷に留めて樹勢の良い時に、毎年しっかりと手をかけてやったり、枯れ葉や枯れ枝を取ってやらないといけないのです。

しかし、最近はそれを感じられない方が多いと思います。

松の木だけでなく、葉っぱが増えたから庭木全てをスッキリできればよいという風潮があり、バッサバッサ切ってくれと言われます。本当は木は自然なものなので、バッサバッサ切ることは木にとって良くない方法なのですが、庭に植えてある以上そんなことは言えません。

人間の身勝手によって庭に木を植えられますが、木はストレスを感じつつも何もできないので、依頼を受けた我々はお客様に従うしかないのです。

松の場合は簡単に枯らすことはできません。手間や時間、剪定を依頼すればお金がかかりますが、松を枯らさないようにしっかりと管理しなければいけないのです。

松が暴れたらその価値はなくなる

3年も放っていくと、松の枝は伸びに伸びて樹形が見られない状態に近づいていきます。

それは、松の木が雑木に代わる瞬間です。

このような松の木の剪定は、依頼されても行わないようにしています。

なぜなら、剪定して枯れたら終わりですから。

それほど価値のない松でも、弁償しろと言われてしまいます。

自分のことしか考えていない人はみんなそんな感じです。

たいして松に興味もないのに、いざ枯れたら弁償しろ・・・と、逆切れされます。依頼されたこちらとしてはたまったものではありません。

そのようなことがあるので、4年目の松の剪定は行わないか、枯れるかもしれないと初めに言っておき、了解が出たら作業にかかります。

3年以上放っておく段階だと、大切にされているわけでもなく、すでに価値のある松ではない可能性が高いですからね。

松が持つ芸術的な価値はすぐになくなる

松の盆栽を見たことはありますか?

盆栽って芸術的で、見る人の心を惹きつけますよね。

では、庭に植えてある松は、ただ庭に植えられてあるだけで、芸術ではないのでしょうか?

私は全くそうは思いません。

庭に植えてある松は昔はお風呂屋さんの壁に描かれるほど芸術的なものなのですが、松にある芸術的な価値を知らない方の目線は、どこか違うところを向いています。

庭の松は大きいから管理が面倒くさい
盆栽は小さくて作業が楽で扱いやすい

そういう特徴はありますが、庭の土に植えてある松も、器にのせてある松も、価値のある同じ松です。

どちらも同じように芸術的に仕上げることはできますし、仕上がりを鑑賞することも同じようにできるのですが、庭の松は3年も放っておくと枝が大きく暴れていき鑑賞する価値は失われ、その存在自体の価値がなくなっていき、ましてやうっとうしく感じられるようになっていきます。

つまり、松は手間をかけて芸術的に仕上げ続けなければ、松が持つ価値はすぐになくなる木なのです。

庭に植えてある松の木はその存在価値を高め続けてもらいたいものです。